金運に恵まれない。恋愛運に恵まれない。仕事運に恵まれない。子供の受験が心配。
人間関係に悩んでいる。病気に苦しんでいる。借金問題に悩んでいる。将来に不安を抱いている。
そんな様々な悩みを抱えて苦しんでいるあなたにも、人生を好転させる方法があるのです!!
30才まで失敗続きのどん底人生だった私が、わずか4年で40億円を手に入れ、自社のテレビCMにハリウッド女優のメグ・ライアンを起用できるまでに、人生を大きく変えることができました。

これは、私が、パワーストーンと心のエネルギーを活用した結果です。
このパワーストーンと心のエネルギーを活用し、人生を思い通りに好転させる方法を私は、自ら『マインド革命』と名づけました。

・今まで、いろんな書籍を読み、潜在意識や宇宙エネルギーについて、興味を持っていたのですが、こんなに実体験で人生を変えられた方法があることを知り感動しました。
私も早速、始めたいと思っています。(東京都 38歳 女性)
・仕事で行き詰まりを感じていた時に、吉永氏の体験談と出会い、自分にも無限の可能性があることを知り、ワクワクしてきました。僕もぜひ、『マインド革命』のトレーニングをして、自分の望む人生を手に入れたいと思います。(福岡県 29歳 男性)
・すごい!たった4年でアルバイトの添乗員から、40億円を手に入れるまでになるなんて。人間の可能性と潜在意識とパワーストーンの力に驚きました!私も、パワーストーンの力を借りて、長年の夢であったマイホームを持ちたいと思います。(神奈川県 33歳 男性)
・人生諦めなければ、どんな苦しいことからも、抜け出せることがわかりました。
最大のピンチが、最高のチャンスに変わるなんて、やはり潜在意識の力って凄いですね。
起業したばかりの友人にも、ぜひこの話を紹介したいと思います。(北海道 46歳 男性)

株式会社ウインディ 代表取締役の吉永 克彦です。
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18年前、会社設立の資金も経験もコネもなく、ましてや億万長者なんて縁もなかった私が、パワーストーンと心のエネルギー(潜在意識)の活用法『マインド革命』を実践することにより、自分の夢を全て実現させ、億万長者という現在の地位を築いた方法を、あなたにお教えいたしましょう。 この『マインド革命』を実践すれば、あなたの人生は、好転し、望むものを手に入れることができます!! なぜなら、この『マインド革命』は、私が25年間の歳月を費やし、研究と実践を繰り返すことにより、「望むもの全てを手に入れる」ことを自ら体験しているからこそ断言できるのです。 |
では、『マインド革命』についてお話をする前に、私が、『マインド革命』を行うことで、どのように人生を好転させたかを紹介しましょう。
20代の頃の私は、いつか自分で起業して、億万長者になって外車を乗り回し、あわよくば、自分の飛行機を持ち、自由に空を飛びたいと夢を見ていたのですが、現実は、何の特別な才能もなければ、ビジネスの経験もなく、何をやっても思い通りにいかない、失敗続きの人生の負け犬になりかけていました。
30歳という人生の区切りを間近に控え、本当にやりたいことに挑戦したいと強く思うようになったのです。
サラリーマンよりも自分の目標に合った仕事とは何だろうかと考え続けた中で思いついたのが、世界中を飛び回る海外添乗員という仕事でした。
海外添乗員になりたいと、30歳の男が思いつくのは自由ですが、実は、海外へ行った経験は一度もなく、ましてや英語すら、まともに話すことができないというあり様でした。
しかし、子供の頃から、パイロットになることが夢だったくらい飛行機が好きでしたし、満員電車に乗って、毎日、会社に通勤しなくてもよく、世界中をタダで観て回れる。
実は、そんな不謹慎な動機で海外添乗員の仕事を思いついたのです。
添乗員に転職した当初は、アルバイト待遇で、30歳の男が、日給4千円の国内ツアーを専門にこなしていました。
添乗員になって、早く海外へ出たいという気持ちだけは強くなるのに、実際に回ってくる仕事は、沖縄や北海道への国内ツアーばかりという日々が続きました。
なぜなら、海外添乗となると、航空機やホテルの手配はもちろん、現地での突発的な事態にも対応しなければならない為、国内添乗よりもはるかに高いスキルが要求されるため、通常、海外の観光ツアーの添乗ができるのは、経験が2年以上、さらに、私が希望していた、企業専門の海外視察ツアーの添乗となると5年以上の海外添乗経験が必要とされていました。
ですから、30歳で、わずかな国内添乗の経験しかない私に、チャンスが巡ってくるはずなど皆無に等しかったのです。
しかし、私には、年齢的に時間がなく、ましてや、あきらめることはできませんでした。
そこで、思いついたのが、潜在意識(心のエネルギー)の活用だったのです。
20代の後半、私は『経済界』という出版社に勤めていたことがあるのですが、歴史ある出版社ですから、著名な経営者の方々にインタビューする機会もたびたびあり、一流の経営者の哲学やサクセスストーリーに大きな影響を受けました。
なかでも、特に印象に残っていたのが、サントリーの佐治敬三社長(当時)と、ワコールの塚本幸一社長(当時)です。
このお二人の経営者に詳しく話を聞いているうちに、私の胸には「潜在能力」という言葉が浮かんできました。
お二人とも、明確な願望と信念を抱き、必ず目標を達成できるという強い意識を持ち続けることで成功してきたと語られたからです。
この潜在意識の活用が、その後の私の人生をこれほどまでに大きく変えようとは、その当時は、想像することすらできませんでした。
私が、不可能といわれた、海外添乗員の地位を獲得する為に行った潜在意識のトレーニングは、旅行会社の店頭に置いてある、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ローマ、ミラノなどのパンフレットを集め、人生で初めて手にした真新しいパスポートを机の上に並べ、自分で研究した、呼吸法とイメージトレーニングを、潜在能力開発用に集めた音楽を聴きながら、「俺は絶対に海外専門の添乗員になれる」と強く意識し、実際にヨーロッパやアメリカの街で仕事をしている自分自身の姿をイメージすることでした。

毎日毎日、地道なトレーニングを繰り返していたところ、なんと、突然、海外添乗のチャンスが巡ってきたのです。
それも、一般の観光ツアーではなく、念願の海外視察ツアーだったのです。
青森県の六ヶ所村に核燃料の再処理工場を建設するため、当時の通産省が主催した、イギリスのセラフィールドとフランスのコジェマへの12日間の視察ツアーでした。
どうして海外添乗の経験のない私が、最も難しいとされるヨーロッパの視察ツアーの仕事を得る事が出来たのか不思議に思われた方もおられるでしょう。
それは、不思議な出会いから始まったのです。
海外視察のツアーを夢見ながら、国内ツアーをこなしている時、ある添乗員派遣会社の社長と知り合ったのです。
今だから話せるのですが、その社長は、非常に悪徳経営者で、自分の会社の利益の為に、私には、簡単なヨーロッパツアーと説明する一方、大手旅行会社には、私のことを10年以上経験のある、ヨーロッパツアー専門のベテランだと売り込み、仕事を取ってきたのでした。
大変苦労したツアーでしたが、騙されて挑戦したおかげで、それをきっかけに、念願の海外視察専門の添乗員になれたことは、間違いない事実です。
当時の私は、おそらく、騙されていなければ、恐ろしくて、ヨーロッパへの視察の仕事なんて、引き受けることはできなかったでしょう。
失敗続きだった自分の人生を、思い通りに導いてくれたことや、不思議な出会いでチャンスを獲得できたことは、潜在能力の活用の結果としか考えられません。
海外専門の添乗員になって2年が経ったとき、私は1台の車と生涯忘れることの出来ない出会いを体験しました。
それは、アメリカへの視察ツアーで立ち寄った、シカゴのレストランの駐車場に止めてあった真っ白なボディーに、ワインレッドの内装を施された2ドアのスポーツクーペ「リンカーン・マーク7」を見たときです。
その姿を見た瞬間、「この車を手に入れたい」と非常に強い願望が心に芽生えました。
しかし、当時、月収が30万円の私にとって、日本国内で一千万円近くするこの高級車を手に入れることは夢のまた夢でした。
おそらく、普通の人なら、このような高級車は買えないとあきらめるでしょうが、私はあきらめることができず、この車を手に入れる為に、海外添乗員の夢を現実に引き寄せたように、潜在意識を活用できないかと考えたのでした。
それからというもの、来る日も来る日も潜在意識にリンカーンをイメージしてトレーニングをしていました。
仕事中であろうとも、ロサンゼルスのツアーでは、お客様をディズニーランドへ案内して、一日中、自由な時間があるときには、駐車場にリンカーンが止まっていないかと、炎天下の中、広大な駐車場を汗だくになりながら、何時間も歩き回ったものです。
また、日本にいる間は、街で見かけるチャンスなどはほとんどないため、当時、所有していた中古の軽自動車で、暇を見つけては、ディーラーのショールームへと足を運んでいました。お陰で、ディーラーの営業マンからは、何十回と見学だけにやってくる、貧乏な変人扱いをされていました。
潜在意識のトレーニングを3年ほど続けていたのですが、リンカーンを手に入れることができないまま、翌年には、モデルチェンジが予定されていることを知り、マーク7に憧れつづけていた私は、非常に落胆しました。
ところが、このモデルチェンジを知ってから、3日後に、アメリカへ企業視察に行ったときに、ある会社のアメリカ人オーナーから、クリスタル(水晶)の活用方法を教えてもらうことができたのです。
「実は、私は、若い頃からナポレオン・ヒルの『成功哲学』を実践し、さらに、クリスタルのパワーを使って潜在能力を高め、ビジネスのヒントをつかみ、起業して大成功を収めることができたのだ。」と、彼は、私に話してくれたのです。

非常に興味深かったのは、彼いわく、クリスタルの原石には、プラスエネルギーの強いクリスタルとマイナスエネルギーを出しているクリスタルがあるので、注意しなければならないことを教えてくれ、さらに、その見分け方を、私に通訳を通じて親切に解説してくれたのです。
今、当時を振り返ると、すでにアメリカで成功者となっていた彼が、日本人の私に、これほどまでに親切にクリスタルと潜在能力の活用方法を説明してくれたことは、リーンカーンがもたらしてくれた縁としか考えられないのです。 なぜなら、リンカーンの話題がなければ、彼と打ち解けて話すこともなかったと思うからです。
クリスタルのパワーを教えてもらった私は、日本に帰国後、すぐにプラスエネルギーを発しているクリスタルの原石を3万円で購入し、リンカーンをイメージして毎日、クリスタルの原石に語りかける日々を続けていました。
クリスタルの原石を使って、瞑想を始めて数日後、ふと、脳裏をよぎったのが将来への不安でした。
その不安とは、私が、50歳になったときに、果たして自分は添乗員として、働き続けることができるのかと考え始めると、頭の中は、不安で一杯になり、本当にこのままで、大丈夫なのだろうかと悩み、海外から帰国して体は疲れ切っているのに、何日も眠れない日が続いたのです。
当時、仕事が楽しく、何の不満もなく、海外専門の添乗員として、順調に実績を上げていた私ですが、4年間、月に2回、ヨーロッパやアメリカと日本を往復していたため、時差で身体的にも精神的にも、疲労が蓄積され始めていました。 しかも、すでに、世界中を回り、特に行きたい場所も思い当たらず、自分を燃えさせる目標を探すのが難しくなる時期にさしかかっていました。
この脳裏をよぎった将来への不安が、後に、憧れ続けた「リンカーン・マーク7」を私に与え、さらに私の人生を、億万長者へと導いてくれているなんて、その時は、知る由もありませんでした。
まさに、クリスタルの原石が私に、未来を予知してくれたとしか、考えられないのです。
将来への不安を抱き始めて一ヶ月ほどした頃、トルコへの添乗が私にアサインされました。
通常では、ヨーロッパ、アメリカの視察専門の私には、トルコへの観光旅行の仕事はアサインされることはないのですが、このときは、本来アサインされていた添乗員が急病の為、私が行くことになったのです。
正直なところ、トルコへの観光旅行の仕事には、全く興味がなく、内心、いやいや出発することになりました。
ところが、この急遽アサインされたトルコへの仕事が、大きなビジネスチャンスをもたらしたのです。
20年近く経った今でも不思議とハッキリ覚えているのですが、それは、トルコのイスタンブールでの夕食のレストランで起こりました。
お客様を会社指定のレストランへ案内し、私も、お客様から離れた席で、開放感に浸り、ひとりでゆっくりと夕食を楽しむつもりでいたのですが、その日は、ツアーが重なり、レストランが満席状態となり、他社の女性添乗員との相席をレストランのマネージャーから頼まれたのです。
相席した女性添乗員と話している中で、彼女は、自分がツアーを担当した女性のお客様に、帰国後、ヨーロッパの有名ブランド化粧品を販売して、月に80万円以上の副収入を得ていると教えてくれました。

それを聞いた私は、なぜか、「これは大きなビジネスチャンスになる!」と、その時、直感したのです。
ふだんから、ヨーロッパへの添乗では、日本の三分の一の価格でシャネルやサンローラン、ゲランなどの化粧品が購入できるため、男女関係なくお客様が、争って買っていたのは目の当たりにして知ってはいたのですが、男性の私は、化粧品には全く興味がなく、ましてや化粧品のビジネスなんて思いつきもしませんでした。
ところが、この話を聞いた後は、ホテルへ帰り部屋でひとりになっても、わくわくした期待感で興奮し、その夜は眠ることができませんでした。
翌日から、どんな方法で始めれば大きなビジネスになるかアイデアを練りましたが、なかなか良いアイデアを思い浮かべることはできませんでした。
なぜなら、彼女は女性だから、女性のお客様にも勧めやすいのですが、男性の私が、女性のお客様に化粧品を勧めて信頼してもらえるだろうかというのが、一番の悩みだったのです。
色々考えては見たのですが、良いアイデアを見つけることはできなかったので、潜在意識にビジネスの成功を植えつけるイメージトレーニングをしながら、愛用のクリスタルの原石に語りかけることにしました。
このイメージトレーニングをしているうちに、突然、発想の転換を思いついたのです。
それまでは、ひとりでお客様に販売することばかりを考えていたのですが、私ひとりで売るのではなく、将来的に本格的なビジネスとして拡大することを見込んで、一緒に有名ブランド化粧品を日本国内で販売してくれるパートナーを集めることを思いつきました。
ビジネスチャンスを探している同じ夢を持つ人たちと協力すれば、利益は少なくなりますが、将来、大きなビジネスを作ることができるとひらめいたのです。
このアイデアが浮かんだ一ヵ月後、私の事業の中核となる海外有名ブランドのディスカウント通販ビジネスをスタートすることになりました。
事業を始めて、わずか3ヶ月後には、あれだけ憧れ続けたリンカーン・マーク7を新車で手に入れることができたのです。

もちろん潜在意識に植え付けていたとおり、純白のボディーにワインレッドの内装です。
それ以来、車はベンツ、フェラーリ、ジャガー、ポルシェを所有してきましたが、今でもこのリンカーンだけには特別な思いがあります。

もし、リンカーンとの出会いがなければ、そして、諦めていたなら、ビジネスチャンスにも気付かず、現在のような私は、なかったでしょう。
このリンカーンのエピソードから、潜在意識の別の働きを見ることができます。
まず、「リンカーン・マーク7」が世界中の誰よりも好きであり、どうしても手に入れたいという強い願望があり、その強い願望を潜在意識が達成させる為に、私にクリスタルとの出会いを結びつけ、さらにクリスタルのエネルギーが私の願望をパワーアップし、イスタンブールのレストランで、ビジネスのヒントを教えてくれ、さらにビジネス経験のなかった私に発想の転換を思いつかせてくれたのです。
このように潜在意識は、常に目標に向かって直接働きかけるだけでなく、時には、角度を変えて、目標達成への力を与えてくれるのです。
この経験は、潜在意識の応用範囲を広げる意味で、私にとって大きな発見でした。
トルコのイスタンブールで、ビジネスのヒントを得た私は、帰国後、「何年も決断をせず、チャンスを待って後悔するくらいなら、失敗してもやるだけやったという満足感を味わったほうが良い。」と決断し、1993年1月、いよいよ有名ブランドのディスカウント通販をスタートしたのです。

当時の日本では、ヨーロッパのブランド化粧品は、現地価格の2倍から3倍、ひどいものは、5倍近くの価格を付けてデパートで販売されていました。
どうして、同じものを日本人だけがこれだけ高い価格で購入しなければならないのかという疑問が、私には浮かび、大きな組織が君臨する流通を根底から変えることは、私個人では不可能でも、流通に新しい風を起こすことぐらいは出来るのではと考え、社名は風を意味する「ウインディ」とすることにしたのです。
35歳でビジネスをスタートさせたとき、私には3つの大きな願望がありました。
@ 海外支店の設立
A 超高層ビルへの移転
B 有名ハリウッド女優を起用した自社テレビCMの全国放映
ビジネスの経験も資金もない35歳の男が有名ブランド化粧品のディスカウント通販の会社を始め、この壮大な三つの夢、いや願望に挑戦したのです。
もちろん、両親をはじめ、友人などにも相談しましたが、ことごとく反対され皆、口々に「絶対、無理!」「そんなことがお前にできるはずがない。」「現実をよく見ろ。」「いまさら独立なんて考えるな。」と言われ続けました。
日本中で毎年新しい会社が何万社と設立され、そのほとんどが3年以内に消えていくのですから、そんな厳しい舞台へ、経験も資金もほとんど持たない私が挑戦しようとしていたわけですから反対されても無理はありません。
3つの壮大な夢を持ってビジネスをスタートさせたのですが、現実は、事務所は、わずか5坪で家賃4万円のみすぼらしいマンションでした。
机を2つ入れると、もう足の踏み場もない、非常に狭いところです。
アルバイトを二人雇い、私自身は添乗の仕事と掛け持ちだったのです。
駆け出しの経営者としての不安な日々を打ち消す為に、毎日毎日、クリスタルの原石を握り締め、壮大な夢が現実になっているイメージを潜在意識に植え付けている時間だけが、本当に安心できる時間でした。
潜在意識へのイメージトレーニングのおかげで、ビジネスは私の予想以上に大きく伸び、1年後には、利益が1億円を超えるまでに成長したのです。
ところが、ビジネスもやっと軌道に乗ってきたと思った矢先、大きな問題が持ち上がりました。
当時の厚生省から、有名ブランドのディスカウント通販は、ヨーロッパで仕入れた化粧品を、日本国内からお客様に発送しているので、薬事法違反に当たると指摘されてしまいました。
ヨーロッパで仕入れた化粧品は、日本国内から発送する場合、厚生省の検査を受けないと取扱うことは法律違反になるのです。
ところが、我々のような並行輸入業者がヨーロッパから化粧品を輸入しても、当時の厚生省は検査すらしてくれないのが、現実でした。
なぜなら、有名ブランド化粧品は、巨大商社の独壇場だったからです。
我々のような並行輸入業者が、ディスカウントで化粧品を販売すると、せっかく、デパートで、馬鹿高い価格で販売でき、大きな利益を簡単に獲得できる市場を、我々が荒らしているという環境だったのです。
ある時、頭にきた私は、私が並行輸入している化粧品と同じものを、日本国内のデパートで、100点買い集め、調査にやってきた厚生省の調査官に、「どちらが、並行品でどちらが、厚生省が認可しているのかを判断してくれ。」と迫ったところ、彼らは、判断することができなかったのです。
これには、非常に憤慨しましたが、厚生省の役人と、やり合っても、薬事法違反がひるがえることはありませんでした。
法律違反ともなれば、当然、ビジネスを続けていくことはできません。
やっとの思いで、成功のチャンスをつかんだのに、もはやここまでかという諦めの気持ちまで出てきました。
八方ふさがりとも言える状況の中で悩み続けながらも、「俺は絶対にこのビジネスを続けてみせる」と強く、ひとりで、潜在意識に植え付け、握り締めたクリスタルに語り続けました。
そんなある日、最終通告に薬務課の調査官が会社にやってきたので、思い切って「このビジネスを続けるにはどうすればよいのか」と聞いてみたのです。
驚いたことに、その調査官は、今までの調査官のように、薬事法違反の一点張りではなく、非常に貴重な情報を教えてくれました。
それは、日本国内から発送せず、海外から個人輸入という形式でお客様へ直送すれば、薬事法違反には当たらないと助言してくれたのです。
ただしこの場合、大きな問題が一つありました。
海外から発送するとなると、在庫管理やお客様データーを海外支店と連動しなければなりません。
通信販売には、大型コンピューターシステムは必要不可欠ですが、その当時、業績の急成長に伴い、新たなコンピューターシステムの導入を検討していたものの、予算が3000万円必要であり、私自身が決断を躊躇していたのです。
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いろいろ不安な毎日が襲いかかってきましたが、あれこれ迷っている時間はありませんでした。 「海外から発送する。」それが私の決断でした。 支店開設に目をつけた場所は、香港。 この決断は、まさに最大のピンチをチャンスに変えてくれました。 香港に支店を開いたことにより、今までは、なかなか信頼してくれなかった海外の商社と信頼関係を結ぶことができ、思うように仕入れることができなかった売れ筋商品を大量に仕入れることが可能となり、大きなメリットを手にすることができたのです。 おそらく薬事法の問題がなければ、海外支店を開設することもなく、コンピューターシステムに大きな投資をする決断もできなかったでしょう。 物事に直面しているときは感じていないのですが、今振り返ると、潜在意識に海外支店の設立を植え込んでいたことで、不思議な形で現実が動き出し、優柔不断な私に決断をさせてくれたのです。 諦めずにプラス思考で突き進めば、物事は好転し逆境を切り開くことができることを教えてくれたのです。 |
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さらには、自分の飛行機を持ち、自由に空を飛びたいと思った夢もロスで実現し、昔、リンカーンを思いながら広大な駐車場を歩き回ったディズニーランドの上空も、自家用機で自由に飛んでいます。

香港に支店を構え、ビジネスも順調に伸び、ひと段落した頃、今度は、第二の願望であった、一流ビルへオフィスを構えたいという気持ちが、心の中でふつふつと湧き上がってきました。
会社存続の最大のピンチを乗り越えたことで、5年前から私が、毎日行っていたクリスタルの原石と潜在能力のトレーニングについて、確固たる自信が出来たのもこの頃です。
そこで、この方法を自分なりに「マインド革命」と名づけて、さらに研究と実践を続けることを心に誓いました。
「マインド革命」のパワーを使って、最初に挑戦することにしたのが、一流オフィスへの入居問題の解決です。
当時、私は、お金さえ出せば、どのような一流の大型ビルでも簡単に入居できるものと思っていたのですが、ところが、ビルには格式があり、大型ビルになると必ず、5年以上の社歴が必要であり、5年分の決算報告書を要求されるのです。
私は、移転先のビルは、エレベーターが3基以上、駐車場には大型の外車が駐車できること、さらに大通りに面して、駅から5分以内などの条件をつけていました。
5年の社歴がないことで、ことごとく断り続けられ、大型ビルへの入居の難しさを嫌というほど味わったのです。
ビルを探し始めて、4ヶ月が経ち、不動産業者も逃げ腰になり、大型ビルへの移転を諦めかけたとき、「マインド革命」のトレーニング中に、ふと、業者任せにするのではなく、自分の足で探してみようという気持ちが湧き起こり、すぐに、自分の足でビルを探すことにしました。
自分で探し始めると、今まで不動産業者が候補に出さなかった、大型ビルを大阪のビジネス街の中心地で見つけたのです。
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ロビーも重厚で、地下鉄の駅からも1分以内で、大通りに面しており、申し分ない物件でした。しかし、このビルが、テナントを募集しているかどうかは、不動産業者しか情報を知り得ないため、再度、不動産業者へ依頼することにしたのです。 ところが、私が見つけてきたビルを伝えた途端、不動産業者は顔を引きつらせました。 この頃になると、私自身も過去からの経験で、「マインド革命」の効果を心底、信じていましたから、毎日このビルで、ウインディが業務を行っているイメージを植え付けていきました。 それから、3ヶ月がたったある日、住友生命から、私の面接を条件に入居を許可するという連絡が突然入ったのです。 そして、オフィスの移転を決断して、8ヵ月後の94年12月に晴れて、念願の一流ビルに入居することができました。 オフィスの移転と共に、コンピューターシステムも大型に入れ替えた矢先のこと、翌年1月に、あの阪神大震災が起こったのです。 幸い、大型ビルへ移転していたおかげで、コンピューターシステムや他の施設にダメージを全く受けることもなく、業務を続けられたのですが、もしも移転が遅れ、そのまま古い雑居ビルにいたら、コンピューターシステムも壊滅的な打撃を受け、会社も存続できたかどうかわかりません。 5年の社歴がなく、一度は諦めかけた大型ビル入居への思いも、「マインド革命」の活用で、諦めなければ必ず道は開けることを教えられ、大震災から会社を守ってくれたことにも、心から感謝しました。 そして、この移転がチャンスとなり、東京オフィスも日本を代表する帝国ホテルのインペリアルタワーへ入居が可能となりました。 その後も、私のビルへの思いはさらに強くなり、96年には、いよいよ超高層ビルへの移転という夢を膨らませていったのです。 |
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超高層ビルへの夢が膨らみ始めたときに、社員に、大阪で一番美しい超高層ビルを探すよう命じたところ、クリスタルタワーという37階建てのビルが候補に挙がりました。
眼下に大阪城があり、大阪市内を一望できる素晴らしいビルです。

早々、不動産業者を通じて、交渉に入ったのですが、またもや、予想もしなかった事態が起こったのです。
それは、当時、ウインディは、前述したとおり、住友生命が所有していた大型ビルに、150坪のオフィスを構えていたのですが、移転を希望したクリスタルタワーは、大手建設会社の竹中工務店が所有していました。
竹中工務店としては、住友生命から顧客を奪いたくないという思いがあるため、交渉が複雑になってしまったのです。
なぜなら、住友生命は、生命保険の加入者から集めた資金で大型ビルを建設し、竹中工務店はそれを受け、ビルを建設する立場なのです。
ウインディが住友生命の所有するビルのテナントであるということは、一つ間違えば、顧客を奪うことにもなりかねません。
そこで、竹中工務店の担当者は、私に、住友生命と話をつけてくれと言い出したのです。
ビルを移転するのは、私の自由ではないかとも思いましたが、社歴の伴わない我々を入居させてくれたという恩義があったので、住友生命の担当者と交渉したのですが、色よい返事は返ってきませんでした。
この時、クリスタルタワーで空いていたオフィスは、10階の150坪でしたので、私自身も満足していなかったため、一度、この話は諦めることにしました。
37階建ての超高層ビルでも、オフィスが10階では、私の夢を満足させることは出来ないと感じたからです。
一度は、諦めたのですが、やはり、クリスタルタワーへの思いは消えず、「マインド革命」のトレーニングでは、毎日、クリスタルタワーの高層階の社長室で仕事をしているイメージを高めていきました。
それから、1年が経ち、全く音沙汰のなかった竹中工務店から、突然、連絡が入ったのです。
32階から37階に入居している、京阪電鉄の本社が一部移転の為、32階のフロアーが空くので、如何かという知らせでした。
条件は以前とは違い、ワンフロアー400坪を借りてくれというものでした。
もちろん、依然と同様に、住友生命に承諾を得なければなりませんが、400坪という面積は、住友生命が所有するビルには空きが無かったため、今回は、快く移転を承諾してくれたのです。
ここでも、私は、「マインド革命」のトレーニングの効果を実感したのですが、特に、私が、昭和32年生まれなので、32階というフロアーについても不思議な力を感じずにはいられませんでした。


93年の創業当時、わずか5坪、家賃4万円の、みすぼらしい事務所からスタートし、5年後の98年には、念願の超高層ビル「クリスタルタワー」の32階に、保証金1億円、毎月の家賃1000万円で、オフィスを構えることができるまでに成長できたのは、まさに、クリスタル(水晶)と自分自身の潜在能力を引き出すイメージトレーニングである「マインド革命」の力以外には考えられません。
創業時の三つ目の願望がテレビコマーシャルでした。
93年当時、5坪の事務所を開き、自分の会社が持てたことに満足して、大手広告代理店の営業マンを呼び、「1年後に全国放送のテレビコマーシャルを打ちたいので、企画して欲しい。」と頼みました。
ところが、営業マンは、5坪の事務所を見渡しながら、怪訝そうな顔をして無言で帰り、その後、待てど暮らせど、二度と連絡はありませんでした。
この悔しい思いをバネに、テレビコマーシャルへの思いはいっそう強くなったのです。
心の中で、テレビコマーシャルを打つときは、必ず、あの営業マンのいる大手広告代理店に発注して見返してやろうと決意していました。
今、思い返すと、なぜ、会社を立てたばかりで、将来もわからないあのときに、大手広告代理店へ堂々とテレビコマーシャルの依頼の電話をしたのか不思議でなりません。
潜在意識が、営業マンに馬鹿にされ、あざ笑われることにより、私にパワーを与えてくれたとしか考えられません。
95年は業績も非常に好調で、前述したとおり、一流ビルへの移転も実現し、私も一端の経営者のつもりになっていましたので、いよいよ念願のテレビコマーシャルをスタートさせることになりました。
しかし、世の中、そんなに甘くはありませんでした。
当時は、ビルと同じように、お金さえあればテレビ放映が出来ると考えていたのですが、ここでも大きな苦難に遭遇することになったのです。
なぜなら、テレビコマーシャルを行うには、広告審査機構の審査やテレビ局の審査など、数々の審査にパスしなければならず、やはり5年の社歴がないことが問題になったり、有名ブランド化粧品のディスカウント通販という業態は認めないと言われたり、大手化粧品会社からテレビ局へ圧力があったりしたことにより、ことごとく断り続けられました。
海外添乗をこなしてきた私は、強靭な精神力があると自負していたのですが、さすがに、このときばかりは、全てを否定されている気分になり、自律神経が不安定になり、会社と自宅で三度倒れ、救急車のお世話になり病院へ運ばれるまでの精神状態に陥っていました。
各テレビ局からことごとく断られ続ける中で、私に出来ることといえば、潜在意識に自社のテレビコマーシャルが放送されているイメージを植え付けることだけだったのですが、イメージを植え始めて、一ヶ月ほどしたころ、突然、大阪の毎日放送の部長が私に会いに来られ、何度かお話しているうちに、ウインディの事業に理解と興味を持ってくださり、グループ会社である、東京のTBSの関西支店長を紹介していただきました。
このTBSの関西支店長が、東京の本社に働きかけてくださった結果、TBS系列の全国放送の番組で、念願のテレビコマーシャルが全国放送で実現したのです。
私には、テレビ局や大手広告代理店にコネがあったわけでもありません。
当時、私が毎日行っていたことといえば、私の人生を大きく変化させた、潜在能力を活用して宇宙エネルギーと融合させる「マインド革命」のトレーニングだけでした。
いよいよ95年の8月からニューヨークで撮影したテレビコマーシャル第一弾が全国に流れることになりました。
もちろん、私がコマーシャルの制作を依頼したのは、5坪のみすぼらしい事務所で、テレビコマーシャルの企画を依頼して、鼻であしらわれた広告代理店の営業マンでした。
このとき、彼は照れ笑いを浮かべながら、私の依頼を快く受けてくれました。
翌96年には、他のテレビ局でも放映可能となり、積極的にテレビCMを展開していったのです。
コマーシャルの企画でも、大好きな飛行機を使ったコマーシャルを作りたいと考え、夜のロサンゼルス上空へ、
ジェットヘリを飛ばしたり、20億円のプライベートジェット機を使ったりと、自分の趣味の世界を思う存分堪能することが出来たのです。

テレビコマーシャルも解禁になり、事業も順調に伸び、年商も48億円に達していたとき、また、新たな願望が、私の心の中で、芽を出してきたのです。
それは、自社のイメージキャラクターにハリウッド女優を起用したいというものでした。
それまで、ウインディでは、国内のタレントの方々は、海江田万里氏、梅宮辰夫氏、石田純一氏、国生さゆり氏、辰巳琢郎氏、ケントギルバート氏、デイブスペクター氏、マリアン氏らの多くの方々を起用させていただいていましたが、世界のハリウッド女優となると話が違います。
ハリウッド女優起用の夢は、私の心の中で勝手に広がり、広告代理店に相談することなく、女性に人気のスターをアンケート調査することにしました。
ジュリアロバーツとメグ・ライアンのお二人が候補にあがり、広告代理店にこの企画を相談したところ、ハリウッドスターは、非常に契約が難しく、候補のお二人は、世界的に人気があり、日本の芸能人とは話が違うと教えられ、出演交渉は、99パーセント無理だと言われたのです。
社内のスタッフや取引先に自社のテレビCMにハリウッド女優を起用すると公言していた私は、大手広告代理店の99%出演交渉は不可能という答えを聞いて、失意のどん底に落とされたように感じました。
しかし、立ち直るのも早い単純な性格ですから、すぐに、気を取り直して、99%無理でも、1%のチャンスにかけたいので、契約交渉をしてくれるように、広告代理店に依頼したのです。
しばらくして、広告代理店からの返答は、ジュリアロバーツは、映画「ジキルトハイド」の撮影スケジュールがあり、不可能という回答でした。
そこで、メグ・ライアンに絞り、交渉を依頼したのですが、案の定、色よい返事は返ってきませんでした。
8月の撮影時期が4ヵ月後に迫っているのに、交渉は全く進展がありません。
あせった私は、何度もロスへ行き、知り合いのプロダクションを通して、状況確認をしましたが、やはり前進の兆しは見えませんでした。
そこで、考えたのが、潜在意識へ訴えかけることでした。
メグ・ライアンとの契約は出来ていないのですが、出演することを前提に、コマーシャルの企画を制作会社に依頼し、出来上がったコマーシャルの企画を、クリスタルを握り締めながら、潜在意識に植え付け、毎晩、就寝時にそのイメージを宇宙エネルギーに送り続けました。
「マインド革命」のトレーニングで、毎晩、宇宙エネルギーにイメージを送り続けてから
3ヵ月後の7月10日、なんと、ロサンゼルスから突然、メグ・ライアンが出演を承諾してくれたという連絡が入ったのです。
飛び上がって喜んだことを、昨日のことのように、ハッキリと覚えています。
8月10日にロサンゼルスの高級ホテル、フォーシーズンホテルのスイートルームで、メグ・ライアンご本人に会い、契約書にお互いがサインを交わし、契約が成立しました。
翌日からハリウッドのパラマウントの映画撮影スタジオで撮影が始まったのですが、ハリウッドスターの撮影は、カメラマンもアカデミー賞受賞スタッフをハンガリーから招いたり、ヘアーメイクもニューヨークから呼んだりと非常に苦労しましたが、私の人生にとって貴重な経験を数多く残してくれました。
このハリウッドでの撮影の、わずか4年前まで、海外添乗の仕事で、召使いのようにお客様にこき使われていた私が、潜在能力と宇宙エネルギーの活用方法を知ることにより、自分の思い通りの人生を歩き始め、18億円というお金を使って、この撮影に挑み、最高責任者として指揮をとることが出来たのです。

そんな自分の姿を振り返り、潜在能力を信じれば、人は必ず、心から望んだとおりの人生を手に入れることができると改めて感じました。
さて、ここまで読まれたあなたは、潜在能力と宇宙エネルギーの活用が、どれほど素晴らしい結果をもたらすものか、ご理解いただけましたでしょうか?
これは、私に起こった、全て事実の出来事です。
特別な才能もビジネスの経験もなく、20代は何をやっても満足に出来なかった私が、潜在能力と宇宙エネルギーについて知ることができ、その後、自ら、研究し活用できたことは、この上ない幸福です。
今、何をやっても成功しなかった20代を思い返すと、ハッキリした人生の目標が定まらず、ただ漠然と不満だらけの日々を過ごしていたのです。
30歳を目前にして、自分の望みどおりの人生を歩みたいと真剣に考え始めたときから、人生が変わり始めたのです。
振り返ると、潜在能力と宇宙エネルギーを使い始めてから、目に見えない何か大きな力に導かれるように突き動かされてきました。
初めてパスポートを手にし、海外視察の添乗を自分自身の願望に植え付けたことにより、
リンカーと出会い、リンカーを手に入れたいために、起業したいと考え、そして躊躇することなく実行したのです。
もし、最初から、リンカーンを手に入れることが不可能と諦めていたなら、アメリカで出会った成功者から、クリスタルのパワーについて教えてもらうことはなかったでしょう。
添乗という仕事も、楽をしたいがために始めた仕事だったにもかかわらず、私にとっては、人生で一番厳しい過酷な仕事でした。
しかし、プロフェッショナルとしての仕事への責任や、どんなときでも機転を利かせる多くの方法を学ばせてくれ、さらに、世界中をひとりで、動き回る自信を授けてくれました。
会社を設立したときは、経験も資金もコネもなく、周りの人々から無謀といわれ続けた私でしたが、潜在能力を全面的に信じることにより、誰もが不可能といって信じてもらえなかった、3つの大きな願望を達成することも出来たのです。
私の知りえないところで、私の潜在能力が壮大な宇宙エネルギーに働きかけ、ゆっくりではありますが、私の人生を望む方向へと動かしてくれていることは、曲げられない事実です。
あなたは、夢を持っていますか?
人それぞれ、夢があるはずです。
しかし、ほとんどの人は、手に入れることが出来ない夢で終わってしまいます。
それは、夢を願望に変え、さらに信念に変化させることを知らないからです。
いや、変化させようとしないからです。
宇宙意識は、あなた自身の潜在能力に植え付けられた信念しか受け取ってくれません。
成功する人の心の中には、燃えるような願望、ほとばしるような願望があるのです。
それに対して、普通の人は、ただ手に入れたい、こんな風になりたいと、心の中で、たたずんでいるだけです。
「本当に心から、欲しいものを手に入れたい。」「望みどおりの生活を手に入れたい。」と、あなたが望むなら、これから、自分の潜在能力を信じてください。
そして、潜在能力に願望を植え付ける為のトレーニングをすることを決断してください。
人生に成功しないほとんどの人の共通点は、決断せず行動を起こさないことです。
そして「適切な時期を待つ」という言い訳を使うのです。
あなたが本当に欲しいものを手に入れ、望むような生活を手に入れたいのであれば、
今すぐ決断し、あなたの夢を願望に変える行動をおこさなければなりません。
そして心からあなたが望むものが手に入ることを信じて、あなたの潜在能力に植え付けてください。
かの有名なハリウッドスターのダスティンホフマンが冗談半分に「あっという間に成功にたどり着いてしまった。だけど、そのあっという間に到達するまでに10年かかったよ」と語っています。
マクドナルドの創業者、レイ・クロックは、自伝の中で、「私は確かに、一夜にして成功者になった。ただし、30年という長い夜を過ごさなければならなかった。」と語っています。
あなたが、「欲しいものを手にいれ、望みどおりの生活を手に入れる!」と決断し、あなたの潜在能力にあなたの望むイメージを植え付けたときから、宇宙エネルギーがあなたの人生をゆっくりと確実に変化させ始めるのです。
もし、あなたが負けると考えるならあなたは負ける。
もし、あなたがもうだめだと考えるなら、あなたはだめになる。
もし、あなたが勝ちたいと思う心の片隅で、無理だと考えるなら、あなたは絶対に勝てない。
もし、あなたが、失敗すると考えるなら、あなたは失敗する。
世の中を見てみろ、最後まで成功を願い続けた人だけが、成功しているではないか。
全ては「人の心」が決めるのだ。
もし、あなたが勝てると考えるなら、あなたは勝つ。
向上したい。自信を持ちたいと、もし、あなたが願うなら、あなたはその通りの人になる。
さあ、再出発だ。
強い人が勝つとは限らない。すばしこい人が勝つとも限らない。
私はできる。そう考えている人が結局は勝つのだ。
ナポレオン・ヒル
君の大望を見くびる人に近づいてはいけない。
それはつまらない人間だから。
真に偉大な人は、君もいつか、偉人になれると思わせてくれる。
マーク トウェイン
私が提唱する潜在意識を使った、マインド革命のトレーニングでは、先ず、人間本来の能力を取り戻すことを第一と考えています。
ストレスの多い現代社会では、人間が宇宙から誕生したときから持ち続けているはずの本来の能力が、失われようとしているからです。
その一つに、宇宙意識と融合し、宇宙エネルギーを利用する能力があります。
私自身、20代の頃から、潜在意識に関する多くの著書を研究してきましたが、多くの疑問を抱きました。
大半の書籍で潜在意識の自己トレーニングとして紹介されているものは、単なる自己啓発に終わっているのではないかという疑問です。
多くの方が、潜在意識の本を読み、実践されていると思うのですが、しかし、ほとんどの方々は、望みどおりの生活とは程遠い日常を送られているのが現実ではないでしょうか?
私も、20代の頃、毎日、一生懸命、書籍で得た知識を利用して、自己改革トレーニングを行っていましたが、一向に願望は達成されませんでした。
そんな時、ある本で、宇宙意識と宇宙エネルギー(波動)について学んだのです。
そして、潜在意識に植え付けた願望は、宇宙意識に融合され宇宙エネルギーを利用して実行されることを知りました。

もちろん人間もその一つです。
宇宙エネルギーは、欲するものを創造する力を持っており、人間も宇宙エネルギーからつくられたものですから、本来その力を持っているにもかかわらず、人間は日々の生活に忙殺され、その力を忘れようとしているのです。
あの世界的に有名なナポレオン・ヒル博士も、著書「成功哲学」で「人間は目に見えない力によって支配されている」と記述されています。
人間の力では、海に波を起こしている力に打ち勝ったり、支配することは出来ません。
人間の能力では、この地球を広大な宇宙に浮かべることは出来ません。
そして、我々人間は、この壮大な宇宙に存在する目に見えない力や知性についてほとんど理解していないのです。
ナポレオン・ヒル博士は「だが、この目に見えない力が、全ての食物、全ての衣服をはじめポケットの中の銀貨までも生み出しているのだ。」と書いています。
また、心理学者ユングは、「私たちの肉体は宇宙全体の情報を内部に宿している。
第一に物事には統一性が存在し、おのおのそれ自体と一体をなし、それ自体が成り立ち、それ自体と融合している。
第二の統一性においては、ある生物が他の生物と共に結び合わされて、この世界の各部分が一つの世界を形成している。
第三の最も重要な統一性は、宇宙全体が、人間と一体となっていることである。 」
と自伝で説いています。
深層心理の分野では、西欧の心理学者フロイトやユング、東洋の哲学者、老子や荘子などが説いていますが、宇宙意識と人間の意識は深層で繋がっているということです。
我々現代人は、物質文明の中での暮らしから、目で見たもの、手に触れたもの、現実にあるものについては存在を信じるようになっています。
しかし、本来、人間には信じられないような素晴らしい可能性があるのに、「出来ない。」「不可能」というマイナスイメージの働く3次元の世界で、そのパワーを見失い、人間の見る事のできない宇宙からの波動に強く影響を受けていることを忘れようとしているのです。
宇宙は波動に満ちているといわれています。
宇宙に漂うパルサー星は、自転による規則正しいパルスを宇宙空間に放ち、地球は規則的な自転と公転を繰り返し、自然界に春夏秋冬、昼と夜が訪れます。
宇宙波動が地球に届き、自然界に宿り、大気と大地のゆらぎに応じて鳴動し、音となり、人の心と身体に心地よい調べと拍子を作り出しています。
宇宙自体が楽器のようなもので、あらゆる万物事象がバイオリンの弦のように振動し、空間という共鳴箱の中で、音楽を奏でているようだという人もいます。
人間社会においても、調子が良いことを「波に乗っている」と表現し、不調である事を「波に乗れない」といいます。
もう、お分かりいただけたと思いますが、あなたの望むものを、あなたの潜在意識にイメージとして植え付ければ、宇宙意識があなたに、目に見えない巨大な力、「宇宙エネルギー」を届けてくるのです。
スティーブン・スピルバーグが無名の頃、一本の映画を作ることを夢見ました。
脚本はすでに書き上げていたのですが、彼にはお金がなかったのです。
彼には、資金を援助してくれるスポンサーが必要でした。
ある日、彼が海岸を散歩しているときに、偶然にも若い有能な映画製作者に投資しようとしているお金持ちに出会ったのです。
まったく他人であったこのスポンサーから資金を提供してもらい、スピルバーグは、ハリウッドでナンバーワンの映画監督になったのです。
あなたは、この話を奇跡と考えますか?
奇跡は突然訪れるのではなく、自分自身の潜在能力が、その奇跡を創り出すのです。
あなたにも、必ず、そんなチャンスが訪れることを信じてください。
われわれは、一考また一考して自己の運命をつくってゆく、
宇宙もまたそのようにして創られたものなのだ。
思考とは運命の別の名にほかならぬ。
されば自己の運命を選んで、待て。
愛は愛を、憎しみは憎しみを運んでくるのを。
ヴァン・ダイク
あなたの性別、年齢、学歴、現状の境遇は、一切関係ないのです。
あなたに心から望むものがあり、素直な心で、あなたの潜在能力を信頼すれば、
必ず、望むものを手に入れることが出来るのです。
フランスの作家フローベルは、
「人生でもっとも輝かしいときは、いわゆる栄光のときではなく、
落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望が湧き上るのを感じたときだ。」
と有名な言葉を残しています。

マインド革命の意識改革トレーニングは、私が、25年の歳月をかけ、研究と実践を重ねて、開発した究極のオリジナルプログラムです。
『マインド革命』のトレーニングでは、あなたが望むものを手に入れる為の驚異のイメージング手法をお教えいたします。
90日間で潜在意識を目覚めさせ、望むものを手に入れることができます。
あなたが望む人生を手に入れるために、あなたの潜在意識のプログラムを変えるのです。
『マインド革命』のトレーニングは、あなたの行く手をさえぎっていた、障害を克服するテクニックを教えます。
すばらしい輝く未来に向けた明確な目標を設定する方法を学んでください。
『マインド革命』のトレーニングは、本当にあなたの人生を変えられます。
しかし、そのためには、あなたが素直な気持ちで、まじめに参加する必要があります。
頭で理解しているだけでも、ただ情報を知っているだけでも役に立ちません。
あなたの決断と行動が、将来のあなたの人生に大きく影響するのです。
秘訣は、知ることではなく、行動することにあるのです。
『マインド革命』の90日間のトレーニングは、あなたの人生を大きく変え、現在の状況を変化させることができます。
90日という期間は、個人的な習慣や信念を変えるのに適した期間です。
90日間、あなたは一人ではありません。
私たちは毎週、メールであなたにアドバイスを送り続け、サポートいたします。
さらに、トレーニング中の疑問や質問はご遠慮なく、お問い合わせください。
私たちは、あなたが望むものを手に入れるまで、応援し続けます。
あなたの成功、それが私たちの願いです。

『マインド革命』ベーシック編のトレーニングは、基礎編と応用編で構成されています。
基礎編のトレーニング音楽には、初心者の方がトレーニングを行いやすいように、ナレーションが入っていますので、最初はナレーションに通りにイメージを行い、心身をリラックス(無の状態)できるようにトレーニングを行ってください。
基礎編でリラックス状態をイメージできるようになった方は応用編のCD音楽でさらなるトレーニングを続けてください。
自らリラックスのイメージを高めることにより、潜在能力が活動しやすい状態を得て頂く事ができます。

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実は、私は『マインド革命』を、他の方にお教えすることは、考えていませんでした。
なぜなら、私自身、多くの成功者の方から、潜在意識や宇宙エネルギーの話を聞いたときは、最初は信じることができなかったので、他の方にお教えしても、恐らく理解していただけないと考えていたからです。
しかし、弊社の代理店セミナーで、私の実体験である『マインド革命』について話したところ、大変関心を持たれ、直接、私に教えて欲しいというご要望をいただいたため、お教えしたところ、「売上が非常に伸びた!」「夢が現実になった!」という多くのご報告を伺っているうちに、代理店以外の方々にも、この『マインド革命』を公開すべきであるという考えに至り、このたび、ご紹介することになりました。
ここでは、当時、多くの代理店様から寄せられた体験談より一部をご紹介いたします。
宇宙エネルギーの存在を知って、自信が湧き営業成績がトップに。
夢は5年後のお金持ち!
僕は、昔から、マーフィーやナポレオンヒルの書籍を読み、自分なりに勉強していたのですが、夢が実現することはありませんでした。
ところが、ウインディの説明会で吉永社長の経験談をお聞きして、今までの疑問が解けたんです。
以前は、ただ本を読んで自分なりに願望を心で唱えていただけだったので、長続きしなかったんですね。
マインド革命を知ってからは、ただ願望を唱えているのではなく、宇宙意識に届けるイメージを作ることを学んだり、宇宙意識と自分の潜在意識を融合させるために、まず、自分がリラックスすることが大切であることを学びました。
学んだといっても、寝る前や時間があるときに、30分間CDを聞くだけなのですが、ところが、マインド革命のCDを聞き始めて2ヶ月が過ぎた頃、突然、自分の体が、宇宙に浮かんでいるイメージがぼんやり浮かび、今まで経験したことがないほどのリラックスした気持ちになり、自分に対してなんともいえない、自信が湧いてきたように感じました。
会社では、住宅販売の営業をしているのですが、以前は成績も振るわず、上司から怒られてばかりいたのですが、マインド革命を始めて、自信が湧き始めた頃から、不思議なことに営業成績も上位をキープするようになり、歩合給だけで、毎月50万円を超えるようになりました。
上司からも、「自信に満ち溢れ、仕事への取り組み方など、見違えるほど成長した。」と評価されました。
考えて見れば、子供の頃から勉強が嫌いで、成績も悪く、いつも両親や先生から怒られていたので、自分に対して自信を失っていたのだと思います。
今では、僕には、マインド革命があると考えると、何事にも自信を持って挑戦できるようになりました。
3年後の独立を目指して、今、イメージを作っています。
(神奈川県在住 T.Y様 男性)
マインド革命を始めて、1年半で、憧れ続けた雑貨店を持つことができました。
私は、メグ・ライアンの大ファンだったので、ウインディのテレビコマーシャルに彼女が出ていたので、感激したことを覚えています。
そのコマーシャルでウインディという会社に非常に興味を持ち、その縁で吉永社長の本を読ませていただき、以前、開催されていた代理店説明会にも出席させていただきました。
私は、5年ほど前から、輸入雑貨のお店を持ちたかったのですが、どのようにすれば、お店を持つことができるのか、自分では、具体的にイメージできなかったのです。
そこで、吉永社長にお会いしたときにそのお話をしたら、自分が心から達成を信じてイメージできないことは、実現しないと言われ、まず、宇宙にゆっくり浮かんでいる自分の姿をイメージするようにアドバイスをいただきました。言われたとおりにイメージしていると不思議なことに、自分が本当に宇宙に浮かんでいる気分になったんです。
それから一ヵ月後には、朝起きたときに、お店を作るアイデアが浮かび、私がすでにお店を持っているような気持ちになりました。
マインド革命のマニュアルで教えていただいたように、頭に浮かんだイメージを大切にする為に、それからは、思い浮かぶイメージを毎日、ノートに描いておきました。
それから、1年ほどしたとき、輸入雑貨店を経営していた友人が、イタリアへ留学したいので、私に、お店を任せたいといってくれたのです。
もちろん、商品の選定から販売まで全て任せてくれるという話でした。
吉永社長が書かれている本でも、チャンスは色々な方向からやってくるとありましたが、このチャンスを手に入れる為に、迷わず決断して、今では大好きな輸入雑貨に囲まれて、仕事をしています。
来年には、自分のお店をもつ計画です。
(福岡県在住 Y.M様 女性)
転職ばかりの人生がマインド革命で一転。
ベンツの夢を叶えて、次は、100坪のマイホーム。
1998年にカタログ通販のウインディの代理店に加盟して、マインド革命を知りました。
当時、吉永社長がよく説明会を行われ、その時、ご自身の経験をもとに、「ひとは誰でも、成功できる。」自分の無限の可能性を心から信じるように言われていました。
この説明会で、潜在能力や宇宙エネルギーの力があることを初めて知り、非常に興味を持ちました。
私は、それまで何事に対しても飽き性で、長続きせず、転職を繰り返していました。
マインド革命と出会い、自分の可能性を信じろといわれても、失敗続きの人生を送っていた私にとって、自分が成功できるなんて、最初は信じることはできませんでした。
妻にもマインド革命の話をしましたが、笑われるだけでした。
しかし、今度は、自分でも何かやれるような気がして、毎日、寝る前にヘッドフォンでマインド革命のCDを聞き続けました。
4ヶ月ほどトレーニングをしていたときに、ベンツがどうしても欲しくなり、ベンツを所有しているイメージを作ろうと決心しました。
そう決心した後、飽き性の私が、毎日一日も欠かさず、マインド革命のトレーニングをしていることに自分で気付いたときには、心から実現しそうな自信が湧いてきたのです。
通販ビジネスの代理店収入も軌道に乗り、念願のベンツを昨年手に入れました。
ウインディの説明会に行かなかったら、決して今のような生活を送ることはなかったでしょう。
私が、マインド革命を信じることができたのは、吉永社長が、自ら研究され、実体験されているからです。
私も何度か途中で諦めかけたこともありましたが、その度に、何度も吉永社長の本を読み返し、勇気づけられました。
次なる願望は、庭付きの100坪のマイホームです。
マインド革命を知らなければ、自分の可能性も信じることもなく、転職の失敗人生で終わっていいたと思うと今では、怖くなります。
(北海道在住 T.K様 男性)
倒産、離婚の悪夢の人生から立ち直れた!
三代続いた家業の呉服問屋を継いで社長になったのは、7年前でした。私の代になってから、不況のあおりを受け、2年前にあっけなく会社は倒産。
おまけに多額の借金があったので、妻にも逃げられ、最悪の人生に転げ落ちてしまいました。
その当時は、身も心もボロボロで何をする気も起こりませんでしたが、そんな時に、知ったのがマインド革命でした。
吉永氏の本を読み、もう一度人生をやり直せる気がしたので、すぐに申し込みました。
トレーニングを始めて、3ヶ月が過ぎた頃に、あれだけ絶望感で何も考えられなかったのに、自分の心に不思議な力が湧いてくるのを感じました。
商売のアイデアも色々ひらめいたので、友人に協力してもらい、アパレルの小さな会社を立ち上げました。
1年経った今では、借金を返しながらでも、毎月、40万円以上の収入があり、3ヶ月前には、10歳年下の彼女と巡り会い、結婚も考えています。
マインド革命のトレーニングで購入した、クリスタルの原石を握り締めていると、苦しいときでも、前向きに考えられ、凄く安心感に包まれ、自分でも驚くほどエネルギーが湧いてくるので、不思議です。
私を立ち直らせてくれた、マインド革命には、心から感謝しています。
(石川県在住 H.T様 男性)
悪夢のようなリストラから立ち直れて、月収が40万円を超えました。
リストラが我が身に降りかかってきたのは、ちょうど1年前のことでした。
3人目の子供が、妻のお腹にいる僕にとって、これほどショックな出来事はありませんでした。
かといって落ち込んでいるわけにもいかず、すぐに就職活動を始めたものの、思うようにいかず、そうこうしている内に、なんと失業保険が切れる半年が経過してしまいました。
何もかもが嫌になり、自信喪失になりかけていたところ、友人に薦められたのが、マインド革命の意識改革プログラムでした。
彼は、マインド革命で、自分の経営する会社が窮地から救われたとのことでしたので、半信半疑ながらも、なんとしてもこの状況から脱出したいという思いをこめてトレーニングを始めたところ、半年間、思うようにいかなかった再就職が2週間も経たないうちに決まったのです。
最初18万円からスタートした給料も、3ヶ月目には、営業成績もトップを獲得でき、月収が40万円を超えるようになりました。
リストラされた以前の会社では、月収が25万円で、今のような収入を得られる可能性など無かったので、リストラされたことがきっかけで、マインド革命を教えてくれた友人には、とても感謝しています。
(大阪府在住 A.Y様 男性)



















